韓国楽器とは?
韓国には、数千年におよぶ歴史の中で培われてきた豊かで多様な伝統楽器が存在します。これらの楽器は、宮廷音楽から民俗音楽、農楽、そして現代のK-POPまで、様々な音楽ジャンルにおいて重要な役割を果たしてきました。独特の音色と形状を持つ韓国の楽器は、その文化と精神性を色濃く反映しており、一つ一つが深い物語を秘めています。この記事では、韓国楽器の歴史的背景から主要な種類、そして現代における役割までを詳しく解説していきます。
韓国楽器の歴史と多様性
朝鮮半島の楽器の歴史は非常に古く、考古学的な発見や歴史文献からその起源をたどることができます。古代の原始的な打楽器から始まり、中国からの影響を受けつつも独自の発展を遂げてきました。高麗時代(918-1392年)には、雅楽のような宮廷音楽が発展し、多くの楽器が導入・改良されました。李氏朝鮮時代(1392-1910年)には、宮廷音楽である「正楽(チョンアク)」と、庶民の間で親しまれた「民俗音楽(ミンソガク)」がそれぞれ独自の進化を遂げ、それに伴い楽器の種類や演奏スタイルも多様化していきました。
古代から現代へ:朝鮮半島の楽器の変遷
朝鮮半島の楽器の起源は、紀元前3世紀頃の青銅器時代まで遡るとされています。初期の楽器は、儀式や祭礼に用いられる打楽器が中心でした。三国時代(紀元前57年-西暦668年)には、中国からの影響を受けて弦楽器や管楽器が導入され、高句麗の壁画などにも楽器を演奏する姿が描かれています。特に伽耶国(カヤグク)で生まれた伽耶琴は、その後韓国を代表する弦楽器となりました。
高麗時代には、宋(中国)から雅楽が導入され、篳篥や簫、太鼓などが宮廷音楽で用いられるようになりました。李氏朝鮮時代に入ると、世宗大王の時代に音楽制度が整備され、多くの楽器が標準化・改良されました。この時代に、宮廷音楽としての「正楽」が確立され、一方では庶民の生活の中から生まれた「民俗音楽」が発展し、それぞれに適した楽器が用いられるようになったのです。現代においては、伝統楽器を継承しつつ、現代的なアレンジを加えたり、新しい素材を用いたりする試みも活発に行われています。
宮廷音楽と民俗音楽:二つの潮流
韓国の伝統音楽は、大きく分けて宮廷音楽と民俗音楽の二つの潮流があります。
- 宮廷音楽(正楽): 宮廷で行われた儀式や宴会、祭礼で演奏された音楽で、ゆったりとしたテンポと厳粛な雰囲気が特徴です。主に、伽耶琴、琴、篳篥、大笒、編鐘、編磬、杖鼓などが用いられました。
- 民俗音楽(民俗楽): 農民の生活の中から生まれた音楽で、農楽(ノンアク)、パンソリ(歌物語)、散調(サンジョ、独奏曲)、巫俗音楽(ムソガク)などが含まれます。感情豊かでダイナミックな演奏が特徴で、伽耶琴、海琴、太平簫、杖鼓、鼓、鑼などが多用されます。
これらの二つの異なる音楽ジャンルは、それぞれが独自の楽器の発展を促し、今日に見られる多様な韓国楽器の姿を形成してきました。
主要な韓国弦楽器
韓国の弦楽器は、その歴史の深さと多様な音色で、韓国音楽の重要な柱を成しています。ここでは代表的な弦楽器をいくつか紹介します。
伽耶琴(カヤグム):韓国を代表する琴
伽耶琴は、韓国を代表するもっとも人気のある弦楽器の一つです。12本の絹の弦を持つ箏(こと)の一種で、その優美な音色と幅広い表現力で知られています。
- 特徴: 細長い木製の胴に12本の弦が張られ、各弦の下には「案足(アンジョク)」と呼ばれる可動式の駒が置かれています。演奏者はこの駒の位置を調整することで音程を変え、右手の指で弦を弾いたり、左手の指で弦を押さえたり、揺らしたりして豊かな音色を生み出します。
- 歴史: 6世紀頃に伽耶国の嘉実王(カシルワン)によって創始されたと伝えられています。中国の箏や日本の琴と類似していますが、独自に発展した奏法や音楽性を持っています。
- 種類:
- 正楽カヤグム(ポンナムカヤグム): 宮廷音楽や格式ある音楽で用いられるタイプで、やや大きめで弦の間隔が広く、深くゆったりとした音色が特徴です。
- 散調カヤグム(サンジョカヤグム): 民俗音楽、特に独奏曲である散調の演奏に特化したタイプ。正楽カヤグムよりもやや小さく、弦の間隔が狭く、軽快で情感豊かな演奏が可能です。現代では18弦や25弦といった改良型も作られ、より広い音域と表現力を得ています。
琴(コムンゴ):重厚な響きを持つ玄琴
琴は、伽耶琴と並ぶ韓国の代表的な弦楽器で、「玄琴(ヒョングム)」とも呼ばれます。6本の弦を持つ撥弦楽器で、伽耶琴よりも大きく、より重厚で男性的な音色を持つと評されます。
- 特徴: 太い木製の胴に6本の絹の弦が張られており、左手で弦を押さえ、右手で「述(スル)」と呼ばれる竹製のバチを使って弦を叩くようにして演奏します。その独特の奏法から、力強く深みのある音色が生み出されます。
- 歴史: 4世紀頃に高句麗の王山岳(ワン・サンアク)が晋の七弦琴を改良して作ったと伝えられています。主に宮廷音楽や士大夫(朝鮮時代の知識人階級)の間に広まり、精神修養の道具としても重んじられました。
- 奏法: 右手のバチで弦を弾く、叩く、擦るなどの動作に加え、左手の指で弦を押さえたり、引き上げたりすることで、多様な音程や音色、装飾音を生み出します。
海琴(ヘグム):二弦の擦弦楽器
海琴は、二本の絹の弦を持つ擦弦楽器です。日本の胡弓や中国の二胡に似た構造ですが、独自の音色と奏法を持っています。
- 特徴: 細い竹製の棹の先に小さな木製の共鳴胴があり、二本の弦が張られています。馬の尾の毛で作られた弓を弦の間に挟み込んで擦ることで音を出します。フレットや指板はなく、演奏者は弦を押さえる指の圧力と位置によって音程を調整します。
- 構造: 共鳴胴は通常、竹や桑の木で作られ、表皮には松の木が使われます。音程の調整は、糸巻きを回すことで行われます。
- 演奏スタイル: 宮廷音楽から民俗音楽、現代音楽に至るまで幅広く用いられます。特に民俗音楽では、その悲哀を帯びた音色が人々の感情を深く揺さぶります。
牙箏(アジェン):弓で奏でる琴
牙箏は、7本または10本の絹の弦を持つ擦弦楽器で、その名の通り弓(アジェンファル)で弦を擦って演奏します。琴や伽耶琴と同様に平置きにして演奏します。
- 特徴: 長い木製の胴に弦が張られ、各弦の下には駒が置かれています。演奏者は松脂を塗った弓で弦を擦り、左手で弦を押さえて音程を調節します。深く、ややかすれたような独特の音色が特徴です。
- 種類:
- 正楽アジェン: 7弦で、宮廷音楽で用いられます。重厚で落ち着いた音色。
- 散調アジェン: 8弦または10弦で、民俗音楽や散調で用いられます。より表現力豊かで、広い音域を持ちます。
主要な韓国管楽器
韓国の管楽器は、独特のリードや構造から生まれる、時に荘厳に、時に軽やかに響く音色が特徴です。宮廷音楽から民俗音楽まで、様々な場面で活躍します。
篳篥(ピリ):独特の音色を持つダブルリード楽器
篳篥は、太い竹製の管に大きなダブルリード(舌)を取り付けた縦笛です。その強く、鼻にかかったような独特の音色は、一度聞けば忘れられない特徴を持っています。
- 特徴: 他の管楽器では表現できないような深い感情を込めることができるため、宮廷音楽から民俗音楽、仏教音楽まで幅広いジャンルで用いられます。
- 種類:
- 郷ピリ(ヒャンピリ): 最も一般的なタイプで、民俗音楽や宮廷音楽で用いられます。中音域で、おおらかで力強い音色。
- 唐ピリ(タンピリ): 郷ピリよりも管が太く、音量が大きく、高音域で荘厳な音色。中国から伝来した雅楽で主に用いられます。
- 細ピリ(セピリ): 郷ピリよりも管が細く、音量が小さく、繊細でしっとりとした音色。主に室内楽や歌曲の伴奏に用いられます。
大笒(テグム):横笛の代表格
大笒は、韓国を代表する横笛で、その清らかで透明感のある音色は、韓国の自然や詩情を思わせます。
- 特徴: 太い竹製の管に、吹き口、指穴、そして「清孔(チョンゴン)」と呼ばれる特殊な穴が開けられており、ここに葦の薄い膜(清)を貼ることで、独特のビブラート効果(清声、チョンソン)が生まれます。この清声が、大笒の音色に深みと表情を与えています。
- 構造: 比較的長く、指穴の数も多いため、広範囲な音域と多様な表現が可能です。
- 音色: ゆったりとした正楽から、軽快な民俗楽、あるいは現代的なフュージョン音楽まで、幅広いジャンルでその美しい音色が響き渡ります。
簫(ソ):複数の竹管からなる縦笛
簫は、長さの異なる複数の竹管を並べた多管式の縦笛で、中国の排簫に類似しています。
- 特徴: 各管が異なる音程を出すため、それぞれの管を吹き分けることで旋律を奏でます。その音色は澄んでいて涼しげであり、主に宮廷音楽の雅楽で用いられます。
- 用途: 今日ではあまり演奏される機会は多くありませんが、伝統音楽の復元演奏などでその姿を見ることができます。
太平簫(テピョンソ):力強い高音の喇叭
太平簫は、円錐形の木製の管に真鍮製のベルを取り付けた、非常に力強く鋭い音色を持つダブルリード楽器です。
- 特徴: その名の通り「太平(平和)」を祈る意味合いが込められており、主に農楽や祭礼、軍隊音楽、そして儀式などで用いられます。非常に音量が大きく、遠くまで響き渡るため、屋外での演奏に適しています。
- 用途: 祭りの興奮や高揚感を象徴する楽器として、人々の心を奮い立たせる役割を担っています。
主要な韓国打楽器
韓国の打楽器は、リズムの核となり、音楽に生命を吹き込む重要な要素です。特に農楽では、その多様な打楽器が一体となって、祝祭的な雰囲気を作り出します。
杖鼓(チャング):韓国伝統音楽の心臓部
杖鼓は、砂時計のような形をした胴の両側に皮を張った太鼓で、韓国伝統音楽のほとんど全てのジャンルで用いられる、もっとも重要な打楽器です。
- 特徴: 左側は厚い皮で低音を、右側は薄い皮で高音を出し、それぞれの皮を異なるバチで叩き分けます。左手では「宮グンピョン(クンピョン)」と呼ばれる丸い木のバチを使い、右手では「熱チェ(チェ)」と呼ばれる細い竹のバチを使って演奏します。
- 構造: 左右の皮の張り具合は、胴を貫く紐で調整することができ、それによって音程や音色を変化させます。
- 奏法: 多彩なリズムパターンと音色を組み合わせることで、複雑で洗練されたリズムを刻み、他の楽器の演奏をリードします。その多様な奏法から「打楽器の女王」とも称されます。
鼓(プク):様々な場面で活躍する太鼓
鼓は、一般的に知られる太鼓の形で、木製の胴の両面に皮を張った打楽器です。その用途や大きさによって様々な種類があります。
- 種類:
- 宮廷用プク: 正楽で用いられ、装飾が施されたものが多い。
- 民俗用プク: パンソリやサムルノリ(四物遊び)などの民俗音楽で使われ、素朴ながらも力強い響きが特徴です。特にパンソリの伴奏では、歌い手の感情表現に合わせて様々なリズムを打ち分けます。
- 用途: 祭りや儀式、ダンスの伴奏など、幅広い場面で使われ、音楽に力強いアクセントを加えます。
鑼(クェンガリ):祭りの音頭を取る小鑼
クェンガリは、小さくて薄い真鍮製の鑼で、その鋭く高い音色は、農楽やシャーマニズムの儀式において重要な役割を果たします。
- 特徴: 右手で木のバチを使い、左手で鑼の表面を押さえたり離したりすることで、音の余韻を調整し、様々な音色や装飾音を生み出します。
- 農楽での役割: 農楽では「上쇠(サンセ)」と呼ばれるリーダーがクェンガリを演奏し、全体の演奏を統率し、リズムをリードします。その軽快で刺激的な音は、祭りの興奮をかき立てます。
鉦(チン):深い響きの銅鑼
チンは、クェンガリよりも大きく、厚い真鍮製の銅鑼で、深く、長く響く重厚な音色が特徴です。
- 特徴: 通常、フェルトや布で包んだ大きなバチで叩きます。その音は空間全体に広がり、荘厳で神秘的な雰囲気を作り出します。
- 用途: 宮廷音楽や仏教儀式、農楽など、幅広いジャンルで用いられ、特に楽曲の区切りや、重要な場面での強調に使われます。農楽では、クェンガリの軽快な音とは対照的に、楽曲に落ち着きと重みを与えます。
韓国楽器の現代における役割と未来
韓国の伝統楽器は、現代においてもその存在感を失うことなく、多様な形で進化を続けています。伝統音楽の継承はもちろんのこと、現代音楽との融合、教育、そして国際交流の場においても重要な役割を担っています。
伝統の継承と現代音楽への融合
今日の韓国では、多くの音楽家や研究者が伝統楽器の保存と継承に尽力しています。国立国楽院のような機関は、伝統音楽の演奏、研究、教育の中心となっています。一方で、伝統楽器の持つ可能性を最大限に引き出し、新しい音楽を創造しようとする試みも盛んです。
- 国楽の現代化: 伝統的な旋律やリズムをベースに、現代的な和声や編曲を加えた「創作国楽」が活発に制作されています。これにより、若者を含む幅広い世代に伝統楽器の魅力が伝えられています。
- フュージョン音楽: 伝統楽器と西洋楽器、あるいは電子音楽との融合も進んでいます。伽耶琴や海琴がジャズ、ロック、ヒップホップなどのジャンルに取り入れられ、新しいサウンドを生み出しています。K-POPグループの中にも、伝統楽器の音色を積極的に取り入れることで、独自のアイデンティティを確立している例が見られます。
- 新しい楽器の開発: 伝統的な楽器の構造や素材を改良し、より広い音域や演奏のしやすさを追求した新しい楽器(例えば、25弦伽耶琴など)も開発され、伝統と革新のバランスを保ちながら進化を続けています。
国際的な認知と交流
韓国楽器は、その独特の音色と美しさによって、国際的な注目も集めています。海外の音楽祭や公演で韓国伝統音楽が紹介される機会が増え、多くの人々に感動を与えています。
- 文化交流: 韓国の伝統音楽家たちは、世界各地でワークショップやコンサートを開催し、韓国文化の理解を深める一助となっています。これにより、異なる文化間の音楽的交流が促進されています。
- 学術研究: 海外の大学や研究機関でも韓国楽器の研究が進められており、その音楽理論や歴史的背景が深く探求されています。
韓国楽器は、単なる過去の遺物ではなく、常に変化し、成長し続ける生きた文化遺産です。その豊かな歴史と多様な表現力は、これからも多くの人々に感動を与え、世界の音楽シーンに新たな息吹を吹き込むことでしょう。